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Chapter 62 - 第4話 - 「廃墟の告白」

1945年8月3日.歴史が真っ二つに裂けるまで,あと3日.

その朝は,呼吸することさえ溺れているような錯覚を覚える,息苦しいほどの猛暑とともにやってきた.セキタンキが目を覚ますと軍服は汗でぐっしょりと濡れ,兵舎内には洗っていない体と絶望の臭いが充満していた.

第23部隊に課せられたのは,回収任務だった――東京の東端にある爆撃を受けた倉庫街から物資を回収すること.優先順位は低く,危険も最小限.司令部が「消耗品」と見なした部隊に与えるような任務だ.

セキタンキと海イト(海斗)は即座に志願した.

林軍曹は酒から目を上げることさえしなかった.「山本を連れて行け.回収に3人だ.残りは装備の整備.明日また出撃するぞ」

その倉庫街は,かつては美しかったに違いない.明治時代の商業ビルが並び,日本の伝統と西洋の工業デザインが融合した建築様式.今はただの骸骨のような骨組みと灰の山だ.都市を巨大な葬儀場へと変える焼夷弾によって消し去られた,また一つの街.

セキタンキには,この廃墟が石炭紀のように思えた.慣れ親しんだルールが通用せず,予期せぬ場所に死が潜んでいる異質な風景.

「あそこです」山本が半壊した建物を指差した.「あれが医療品の集積所でした.何か残っているとすれば,あそこです」

彼らは慎重に近づいた.構造が不安定で,一歩一歩がギャンブルだった.頑丈そうに見える床が前触れなく崩れ,安定して見える壁が振動一つで倒れてくる.

海斗は,工学的な崩壊モードを理解している者特有の慎重な精密さで動いた.「主梁が損傷しています.この区画全体が崩れるまで,あと30分というところでしょう」 「なら,急ごう」

内部は倒れた棚と散乱した在庫の迷路だった.包帯,手術器具,野戦衛生兵にとって金と同等の価値があるモルヒネのアンプルなど,奇跡的に無傷な物資も残っていた.

彼らは効率的な沈黙の中で働き,回収可能な物資を帆布の袋に詰め込んだ.山本は静かに鼻歌を歌っていた――子供の頃に聞いた民謡だろうか.その旋律は悲しく,美しかった.

セキタンキは,奇跡的に無傷だったペニシリンのケースを見つけた.1945年において,抗生物質は宝石よりも貴重だ.この小瓶があれば,何十人もの命を救えるかもしれない.歴史によって,すでに失われることが決まっている命.それらを救うことに,何の意味があるのか? それとも,避けられない死をただ先延ばしにするだけなのか?

その哲学的な問いは,落下する爆弾の風切音を聞いた瞬間に霧散した.近くではない.だが,石炭紀で鍛えられた反射神経が「危険」だと絶叫するには十分な近さだった.

「空襲だ!」海斗の声が緊迫感で裏返った.「通告なんてなかったぞ,予定外だ――」 「伏せろ!」建物が爆発するのと同時に,セキタンキは彼を突き飛ばした.

直撃ではない.爆弾は二つ隣の建物に落ちた.しかし,衝撃波は連結された構造を伝わってきた.壁が砕け,床が連鎖的に崩落していく.倉庫街は,建築破壊の巨大なドミノ倒しと化した.

崩落する床を抜け,暗闇を抜け,数時間が数秒に凝縮されたような恐怖を抜けて,彼らは落下した.衝撃でセキタンキの肺から空気が押し出された.以前の戦闘でひびが入っていた肋骨がさらに砕ける.胴体を白熱した痛みが駆け抜けた.

塵が収まったとき,彼らは閉じ込められていた.地下階に埋まり,瓦礫の下敷きになり,物理的な重みとなって押し寄せる暗闇に囲まれていた.セキタンキが動こうとすると,右腕がコンクリートの塊の下に挟まっていることに気づいた.海斗は足を挟まれ,骨折を思わせる角度にねじれていた.

「山本?」セキタンキが暗闇に向かって叫んだ.返事はない.ただ,不安定な構造物が軋む音と,遠くの爆発音だけが聞こえる. 「彼は僕たちの後ろにいた」海斗の声が苦しげに漏れた.「床が抜けた時,彼は――たぶん,助かってない」

彼らは暗闇の中に横たわり,遠くの爆撃音を聞きながら,建物が完全に崩壊するか,塵と酸素不足で窒息するのが先か,救助が来るのを待った.

数分,あるいは数時間が経過した.完全な暗闇の中では,時間は意味をなさなかった.ついに,海斗が口を開いた. 「ここで死ぬなら,誰の隣で死んだのかを知って死にたい.あんたの話を聞かせてくれ.本当の話だ.全部」

死を避けられないと感じたからか,あるいは暗闇が告白を容易にしたのか,セキタンキは語り始めた.彼は海斗にすべてを話した. 空っぽの天才だった子供時代――優秀だが虚無的で,何も感じずに達成し,知られぬまま認められていたこと.量子実験中に時間歪曲を発見したこと.科学的好奇心からではなく,時空の場所を変えれば内側の空虚が埋まるのではないかという,必死の希望からタイムマシンを造ったこと.

石炭紀――巨大昆虫の緑の地獄に到着したこと.初日にムカデに機械を壊されたこと.殺すことで生き延びる術を学び,死体から武器を鍛え,東京を去った時の「柔弱な科学者」よりも硬い「何か」へと変貌した三週間.

「車の大きさほどもあるトンボと戦ったよ」セキタンキは暗闇に語りかけた.「自分を食べようとするそいつに,サソリのパーツで作った槍を突き立てた.それが人生で最も狂った瞬間になるはずだったのに,事態は悪化し続ける一方だった」

不可能な材料――キチン質や有機化合物と,回収した量子回路を混ぜ合わせてタイムマシンを再建した話.2024年に戻るはずだった決死のジャンプが,代わりに彼を700年前の鎌倉へと放り出したこと.

「そこで人に出会った.僕の才能の先にある,中身を見てくれる本物の人たちに.柔軟性のない名誉は自殺と同じだと教えてくれた竹田という浪人.達人とは学びを止めない生徒のことだと教えてくれた兼元という刀匠.そしてユキという戦士...」

彼の声が震えた.「彼女は,全力を尽くして僕と戦い,僕を『生きている』と実感させてくれた最初の人だった.暴力のせいじゃない.彼女が僕を見てくれたからだ.実績でも異質さでもなく,ただの...僕を」

「彼女を,その友人を大切に思っていたんだな」 「わからない.そうかもしれない.友情というものをどう認識すればいいのか,学んだことがなかったから.でも,自分の生存以上に彼女の生存を願った.それは初めての感覚だった」

彼は海斗に,御前試合の話をした.死にかけの状態で四戦を戦い抜き,ユキの命を救うために戦ったこと.犠牲を払うことは,何かを達成すること以上に意味があると学んだこと.

「そして,家に帰ろうとした.また機械を造り,ジャンプした.そしたらここだ.1945年.第二次世界大戦の真っ只中.唯一の帰り道は,僕をスパイだと思っている軍隊に奪われた」

沈黙が流れた.やがて海斗が笑った――壊れた,苦い笑い声だった. 「僕たちは鏡合わせだな.時代も,理由も違う.でも結果は同じ.時間に迷い込み,生き残るために戦い,誰にも理解されない重荷を背負っている」

「次は君の番だ.君の話を聞かせてくれ」 海斗は話し始めた.その声は静かで,長く溜め込んできた感情が露わになっていた.

「祖母に育てられたんだ.田中久子.両親は僕が6歳の時に死んだ.2210年のリニア事故だ.僕には彼女しかいなかった.祖母は僕を医学部に行かせるために,文句も言わずに三つの仕事を掛け持ちしてくれた.ただ...無条件に愛してくれたんだ.祖父母がそうするようにね」

「それから診断が下った.神経退行性症候群(NDS).2228年の医学でも治せない唯一の病気だ.進行性で致死性,修復するよりも速く神経経路を破壊していく.彼女にはあと半年,もしかしたら数ヶ月しかなかった」

彼の呼吸が乱れた.「受け入れられなかった.僕は医学部生だ,彼女を救えるはずだ,と.だから調べた.2215年のタイムトラベル実験成功に関する極秘文書を見つけたんだ.技術は存在していた.政府が『タイムパラドックスのリスク』を理由に封印していただけだった」

「2年かけて,秘密で機械を造った.病院で夜勤をこなし,部品を盗み,時間力学に関するあらゆる法律を犯した.計画は単純だった.50年後にジャンプして,未来で開発されるNDSの特効薬を盗み,持ち帰って彼女を救う」

「出発する前夜,彼女は僕の手を握って言ったんだ.『海斗,夜にどこへ行っているの? とても疲れた顔をしているわ』と.本当のことを言いたかった.君を救うためにタイムマシンを造っているんだ,と.でも,彼女に止められるリスクは冒せなかった」

彼の声が完全に枯れた.「だから嘘をついた.勉強しているんだ,と.彼女は微笑んだ――僕が嘘をついていると分かっていて,それでも愛してくれている,あの微笑みだ.そして言った.『何をしているにせよ,気をつけなさい.孫には私より長生きしてほしい.それが自然の摂理だから』」

「3日後,僕は機械を起動した.2278年に着くはずだった.なのに,実体化したのは1945年5月.戦場のど真ん中.機械は到着と同時に大破した.最初の1週間は,ただ殺されないようにするだけで精一杯だった.それから気づいたんだ.僕は詰んだ,と.祖母が存在する283年も前の過去に閉じ込められた.彼女は僕のいないところで死んでいくんだ」

暗闇の中で,セキタンキには涙の音が聞こえた.海斗は嗚咽してはいなかった.ただ静かに泣いていた.劇的な表現をするには深すぎる傷を負った者が流す,あの涙だ.

「一番辛いこと? 僕の時代では寿命が延びている.150歳まで生きるのも普通だ.祖母はまだ94歳.NDSさえなければ,あと何十年も生きられたはずなんだ.なのに僕はここにいる.過去に.助けることもできずに.彼女はもう,おそらく...」

「やめろ」セキタンキは痛みをこらえ,毅然とした声で遮った.「その先を言うな.彼女はまだ生きている」 「どうしてそんなことが言えるんだ?」

「時間はそんな風には動かない.君は2228年を去った.そして2228年に戻るんだ.彼女の主観では,君がいなくなったのは数日,せいぜい数週間のことだ.漂流している間,君の時代の時間は流れない.それが時間力学の仕組みだ.彼女はまだ生きている.まだ待っている.君が治療法を持って帰るのを,まだ信じているはずだ」

沈黙が伸びた.やがて.「...本気でそう思っているのか?」

「知っているんだ.僕はいくつもの時代を彷徨ってきた.石炭紀にいた間,鎌倉の知人たちは年を取らなかった.時間は相対的なものだ.君の祖母はまだ生きている.そして僕たちが家に帰れば――機械を修理すれば――彼女はまだ待っているさ」

「...ありがとう」海斗の声は湿っていた.「それを聞く必要があった.手遅れじゃないと,信じる必要があったんだ」 「僕たち二人とも,手遅れじゃない.家に帰るんだ.壊したものを直しに行く.そして愛する人たちに,今はわかると伝えに行くんだ」

二人は心地よい沈黙の中に横たわった.異なる未来から来た二人が,204年という不可能な断絶を超えて,完璧に理解し合っていた.

ついにセキタンキが尋ねた.「機械を直して,家に帰ったら...まず最初に何をしたい?」 「祖母を抱きしめる.愛していると伝える.もし治療法が見つかれば,それを渡す.もし再建が可能なら,の話だけどね.あんたは?」 「母の台所へ歩いていって,謝るよ.全部母さんが正しかった,と.人間性のない天才なんて,ただの権威ある仮面を被った虚無にすぎないんだ,とね」

「あんたの母さんは賢い人なんだな」 「ああ.すべてを失うまで,その声が聞こえなかっただけなんだ」 さらに沈黙が続き,海斗が静かに言った.「もしここで死んだら...帰る前に,約束を果たす前に死んだら,何かに意味はあったのかな.生き延びて,戦って,以前とは違う自分に変わったことに」

セキタンキはユキの最期の言葉を思い出した.「前を向いて生きて.それが私の一番の誇りになるから」

「ああ,意味はある.僕たちが挑んだからだ.不可能な運命に,自分たちの物語を決めさせなかった.時間そのものを超えて,約束を背負える人間になれた.たとえ失敗しても,そのことには価値がある」

「先史時代の怪物と戦ってきた人にしては,意外と楽観的なんだな」 「怪物は,生き延びること自体が達成だと教えてくれた.鎌倉の人たちは,目的を持って生きる方が良いと教えてくれた.そして君が,友情を持って生きることが,戦いを価値あるものにすると教えてくれているんだ」

頭上で,瓦礫が動く音がした.日本語の呼び声.

「ここだ!」セキタンキが叫んだ.「生存者二人! 閉じ込められている!」 第23部隊が探しに来ていた.林の声が瓦礫越しに聞こえる.「堪えろ! 今掘り出してやる!」

救出まで6時間を要した.ようやく午後の光の中へ這い出した時,セキタンキの腕は圧迫で感覚がなく,海斗の足は確実に折れていた.

だが,生きていた.

山本は助からなかった――最初の崩落で押し潰された状態で遺体が見つかった.林は表情を変えずに,略式の葬儀を行った.「奥さんに手紙を書こう.任務を果たして死んだと.天皇陛下がその犠牲に感謝しておられるとな」

空虚な言葉.意味のない慰め.だが,彼らが持っているのはそれだけだった.衛生兵が傷の手当てをする中,セキタンキと海斗は視線を交わした. 「辿り着こうな」海斗が静かに言った.「あの機械へ.再建へ.そして家へ」 「二人でだ.一緒にな.約束だ」 「約束だ」 二人は握手を交わした.前近代的な戦争の中で,現代の誓いを封印する現代的な儀式.

しかし,二人はまだ真実を知らなかった.その機械が転移の際に運べる質量は,一人分だけだということを.物理法則は絶対だ.一人が帰り,一人が残る.

そして3日後,広島は原爆の炎に焼かれる.すべてが崩壊する前に脱出するための,最後で絶望的なカウントダウンが始まろうとしていた.

つづく… [次話:「原爆の影」]

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