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Chapter 66 - 第8話 - 「記憶する機械」

1945年9月20日.偵察から2日後.

セキタンキは午前3時,夢ではない夢を見て目を覚ました.観測室のガラス越しに自分を求めていたあの時間フィールドの記憶.障壁を越えて創造主を認識した量子粒子が,彼が機械に感じるのと同等の,絶望的な引力で彼を家へと呼び戻そうとしていた.

(あれは僕がここにいることを知っている.待っているんだ.)

兵舎の外に出ると,海イト(海斗)がすでに起きていた.1945年の星空は,2024年とも2228年とも変わらぬ姿でそこにあった.同じ星座,同じ月.宇宙はどの時代においても,人類の苦しみに対して徹底的に無関心だった.

「眠れないのか?」セキタンキが尋ねた. 「これからのことを考えていた.強奪,暴力,目的を果たすために殺める人々のことだ」海斗の声には,一線を越えてもう戻れない者の重みがあった.「僕はかつて医学生だった.誓いを立てたんだ――『何よりもまず,害をなすべからず』と.なのに今,祖母との間に立ちはだかるすべての者に害をなそうとしている」

「僕だって同じだ.僕は物理学者だった.科学は知識を広げ,生活を豊かにするためのものであるべきだ.暴力の正当化に使われるものじゃない」セキタンキは彼の隣に座った.「だが,僕たちは時空を漂流した瞬間に,かつての自分であることを止めたんだ.石炭紀は僕の無垢を焼き払い,鎌倉は生存のない名誉はただの詩的な死だと教えてくれた.そしてこの場所は...この時代は,最も過酷な教訓を僕に与えている」

「...それは?」 「愛は人を何にでも変えてしまうということだ....怪物にさえね」

二人のタイムトラベラーは沈黙の中に座り,漂流というものが単に時間を移動させるだけでなく,自分が何者に「成り果てるか」という覚悟さえも変容させてしまうのだと悟っていた.

0800時 - 第23部隊 兵舎

林軍曹はいつもの隅に座り,止まらない記憶を振り払うための機械的なセラピーのように,百回も磨いたはずの銃を清掃していた.

「林さん」セキタンキは慎重に近づいた.「少し話せますか?」 軍曹は,多くを見すぎて何も忘れられなくなった瞳を上げた.「任務のことなら,もう分かっている.お前ら二人は何かを企んでいる.ここに来た時からずっとな.ずっと見ていたんだ」

(しまった,と思った.)

「それなら――」 「お前らが普通の兵士じゃないことも,第七施設への関心が専門的な好奇心じゃないことも分かっている.溺れる兵士が岸辺を見るような目で,あの機械を見ていたからな」林は銃を置いた.「問題は,何を企んでいるかだ.俺が止めるべきか,手伝うべきか」

セキタンキは海斗と視線を交わした.偽装用の話,はぐらかし,尋問に耐えうる嘘...用意はしていた.だが,目の前の林――壊れ,罪悪感に苛まれ,何でもいいから意味のある何かを探している男を見て,セキタンキは純粋な本能に従って決断した.

時には,真実こそが唯一の武器になる.

「盗むんです」彼は静かに言った.「あの機械を.第七施設に強行突入して奪い取り,この時代から脱出するために使うんです」

林は目に見える反応なしにそれを受け入れた.「どこへ逃げる?」 「家です.自分たちが属する時代へ.僕たちを待っている家族の元へ」 「そして助けが必要,と.俺のような,人生を諦めかけている人間が5人,二人の帰還のために死ぬ覚悟をしてくれることがな」 「...はい」 「なぜ,俺に話した?」

「嘘をつくのは,あなたへの侮辱だと思ったからです.あなたは生き延びてきたすべてを通じて,誠実さを勝ち取った人だ.それに――」セキタンキは言葉を探した.「あなたは,意味のある死を求めているのではないですか? してきたことを贖うための犠牲を.これはそのチャンスです.あなたは,みんなが自分と同じことを言っていると言いました.僕だってそうかもしれません.だから,助けてください,林さん.そして...宇宙の慈悲にかけて,僕たちの誰一人として,死なせないでください」

林は長い間,黙っていた.口を開いた時,その声は虚ろだった. 「中国で,いろんなことをした.命令だったが,やったのは俺だ.村,民間人,許されることも忘れられることもないことばかりだ.悲鳴を消すために酒を飲む.だが効かない.奴らはいつもそこにいる」

「死をもって贖いたいと?」 「ただ悲鳴を止めるだけの死じゃなく,何かの意味を持たせたいんだ.地獄から逃げようとする二人を助けて――愛する家族の元へ送り届けるために死ねるなら――少しは天秤が釣り合うかもしれない.最後のことだけは,美しくあれるかもしれない....お前ら二人を見ていると,そう思えるんだ」

「反逆罪ですよ? 任務をこなしているだけの警備兵を殺し,軍の資産を破壊し,日米の両軍を敵に回すことになる」 「俺はもう地獄に落ちている.これはその地獄行きに目的を与えるだけだ」林は残酷な笑みを浮かべた.「乗った.あと4人,同じように感じている奴を知っている.第23部隊は,意味のある死に場所を探している兵士の掃き溜めだからな.お前らはちょうどいいものを提供してくれた.お前ら二人は死にたがっていない.だが,あいにく絶望した兵士たちは,お前らに邪魔をさせやしない....仲間に入れろ.そして準備を急げ」

1400時 - 廃倉庫街

がらんとした工場で,林,セキタンキ,海斗,そして他に4人の男たちが集まった.

山本二等兵(衛生兵): 「家族は空襲で死にました.全員.僕は,僕には二度と手に入らない家族の元へ帰る兵士たちを何十人も救ってきた....今はこの二人が僕の家族だ.家族が逃げるのを助けるのは当然でしょう.たとえ自分が死ぬことになっても」

斎藤二等兵(元泥棒): 「戦争でこの制服を着る前は,刑務所で死ぬはずだった.それ以来,借り物の時間を生きてる.なら,面白いことに使い切った方がいい.タイムマシンを盗むなんて,溝の中で酔い潰れて死ぬよりずっと楽しそうだ」

伊藤伍長(爆発物の専門家): 「大砲で左耳をやられた.負ける戦いに勝つためにしてきたことを見て,信仰もすべて失った.だが,物の壊し方はまだ覚えている.その技術が誰かの幸せに役立つなら本望だ」

中村二等兵(通信スペシャリスト): 「米軍の通信を傍受し,偽の認証コードを作り,混乱を起こす人間が必要でしょう.僕がやります.僕が帰れなくても,僕の技術が誰かを帰したと知って死にたいんです」

計7人.絶望的な確率であっても,捧げる価値のある犠牲があると理解した7つの魂が結びついた.

セキタンキは壊れたテーブルの上に青写真を広げた.石田のオフィスから盗み出した配置図,偵察で記憶した警備スケジュール.

「第七施設,Dセクション.目標は重さ約400キロの実験装置一つ.現在,輸送のために解体されている.三重ロックの扉,最低4名の警備,全方位監視カメラ,そして日米合同の警備体制だ」

彼は指でルートをなぞった.「侵入はこのポイントの換気システムから.斎藤がカメラ網を無力化し,伊藤が東棟で爆発を起こして陽動を行う.施設全体を封鎖させない程度の距離で警備を誘い出すんだ.その間に中村が,外部からの攻撃を示す偽の通信を流し,さらに警備を分散させる」

「林さん,山本,そして僕がDセクションに突入し,残った警備を制圧して装置を確保する.海斗はトラックを.最初の爆発から,全館アラームまで15分,完全封鎖まで20分だ.18分以内に少なくとも10キロ離れなければ――全員死ぬ」

「犠牲者は?」山本が尋ねた.「突破しなければならない警備兵たちは?」 「最小限に留めるが,排除は厭わない.投降しない者は殺す.これは戦争ではなく生存だ.戦術的に妥当な範囲を超えた慈悲をかける余裕はない」

(言葉が灰のような味がする.僕は殺人を計画している.それを生存と呼び,必要性で正当化している.これが今の僕だ.)

10月8日 - 強奪2日前

すべては整っていた.隠れ家に隠された機材.盗まれたトラック.繰り返された予行演習.残っているのは「待ち時間」だけだ.想像力が,失敗するあらゆるパターンを供給し続ける最も残酷な時間.

セキタンキは,1945年の材料と2228年の知識を組み合わせて量子発振器を再建しようとしている海斗を見つけた.解けないはずのパズル,だが解かなければならないパズルだ.

「...うまくいかないよ」海斗が顔を上げずに言った.「50回計算した.たとえ機械を盗めても,コアと電源を直せても,この発振器が死んでいる.この時代では造れない部品が必要なんだ」 「なら代用品を使う.効率が落ちるのを受け入れるんだ」 「効率が落ちるということは,精度が落ちるということだ.2024年を目指して1824年に着くかもしれない.2228年を目指して2328年に着くかもしれない」 「なら,また跳べばいい.近くなるまで何度も」 「...どんなエネルギー源で? 一回のジャンプに,この街が一週間で消費する以上のエネルギーが必要なんだ.チャンスは一回,運が良くても二回だ」

セキタンキは彼の隣に座った.疲労と絶望が,言葉を素直にさせた. 「分かっている.計画した時からな.数学的には,目的の時代に着ける確率は約60%.数十年から数世紀ずれる確率が30%.そして,ランダムなタイムラインに散らばる破滅的な失敗が10%だ」 「それでもやるのか? 7人の人間を死へ導いて,コイン投げのような確率に賭けるのか?」

「ああ.0%よりはマシだ.ここに留まることは,100%の失敗だからだ.それに――」彼の声が震えた.「...やらなきゃいけないんだ.母さんに帰ると約束した.ユキに,みんなのことを忘れないと約束した.僕を救ってくれた人たちの犠牲を無駄にしないと誓った.ここで諦めたら,その約束をすべて裏切ることになる」

海斗はそれを飲み込んだ.「祖母がよく話してくれた.山を登る男の話だ.頂上に着けるか分からず,死ぬ確率の方が高いと知っていて登る男.友達がなぜそんな不確実なことにすべてを賭けるのかと聞くと,彼は答えた.『成功の可能性を信じている方が,諦めるという確実さの中にいるより,ずっと生きている心地がするからだ』って」

「...賢いおばあさんだ」 「末期の病気でゆっくり死んでいきながら,僕に教えてくれたんだ.人生は目的地ではなく,避けられない結末を拒み続けることにあるんだって....僕は最高の手本から学んだよ」

10月9日 - 1800時 - 最終ブリーフィング

不可能な脱出に志願した7人の「生存者」たちが,最後にもう一度隠れ家に集まった.明日の夜,彼らは死んでいるか,捕まっているか,あるいは――あり得ない成功を手にしているかだ.

「引き返す最後のチャンスだ」セキタンキが言った.「恥じる必要はない.これは,手間をかけた自殺のようなものだからな」

誰も動かなかった.7つの顔,7つの決意.意味のない生存よりも,意味のある死を選んだ人々.

林が盃を掲げた.「家に帰る二人に.俺たちのことを良く思い出してくれ.俺たちが実際よりも勇敢だったと,そんな物語を語ってくれ.俺たちの死に価値があったと思えるくらい,長く生きてくれ」

彼らは飲んだ.酒は,別れとガソリン,そして恐怖の銅のような味がした. 「明日,すべてが変わる」海斗が静かに言った. 「明日だ」セキタンキも同意した.

その夜,彼は眠れなかった.代わりに,決して送ることのない手紙を書いていた.母へ,すべてを説明するために.父へ,無駄にした年月を謝るために.ユキ,竹田,兼元,円乗へ...才能よりも繋がりが大切だと教えてくれた感謝を伝えるために.

そして,見知らぬ自分のために死ぬと誓ってくれた7人へ. (ごめんなさい.本当に申し訳ない.君たちは,絶望した物理学者の救済以上の何かに値する存在だ.でも約束する.もし家に帰れたら,第23部隊の最後の任務を,歴史に刻んでみせる.君たちを機密ファイルの脚注になんてさせない.不可能な二人が帰るためにすべてを捧げた,英雄として残してみせる.)

(醜く生き延びるより,美しい死を選んでくれて,ありがとう.) (僕の約束を,命を賭ける価値があるものだと信じてくれて,ありがとう.君たちを一生,背負っていく.)

夜明けはあまりにも早く訪れた.強奪まであと12時間. 成功は疑わしく,生存の望みは薄い.それでも彼らは挑もうとしていた.

なぜなら,避けられない結末を拒絶することこそが,彼らに残された唯一の勝利だったからだ. そして時には,それだけで十分なこともある.

つづく… [次話:「血と回路」]

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